本記事はタイの「The Standard Podcast, Neurotech EP1: 84 billion brain cells, business opportunity | Executive Espresso EP.363」により要約されたものです。
このエピソードのインタビューは、ナカリン・ワナキットパイブン氏(ケン氏)によって行われました。ゲストは以下の通りです。
- ジラワット・タンパニタノン博士(Tew博士)、Quantum Technology Foundation (Thailand)(QTFT)の最高経営責任者兼共同創設者
- シラワット・イッティプリラット博士(Sean博士)キングモンクット工科大学トンブリ校のNx Neuroscience Center for Research and Innovationのディレクター
神経科学とは? なぜ知るべきなのか?
神経科学は、神経系がどのように発達し、脳が人間の行動にどのように影響するかを研究するものです。例えば、人間の集中力がどのように変化するか、どのような仕組みを持っているか、人間はどのようにすれば自分を悩ませていることに集中できるのかを、脳波の経験的データを使用して研究します。
Sean博士によると、この科学は誰にとっても重要です。なぜなら我々はみんな脳を持っているからです。これらの研究の結果は我々に直接的な影響を与えます。タイは現在高齢化に直面しているので、ヘルスケア産業への研究成果の応用が期待できます。高齢者の最も一般的な問題はアルツハイマー病です。
統計によると、高齢者の3人に1人が、アルツハイマー病の原因となる軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment、MCI)を発症するリスクがあります。この病気は日常生活に支障をきたす可能性があるため、その原因と対処法を知っておき、生活習慣を改善したり、認知症を予防したりする必要があります。また、MCIの高齢者の介護をしなければならない場合、この病気をよく理解していれば、高齢者をうまく介護できるようになるでしょう。
もう一つの問題は、現在の社会でほぼ一般的になりましたが、小児期の注意欠陥多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder、ADHD)です。これは、マルチモーダルメディアの使用により、最近ではさらに多く見られます。ADHDの子どもは、集中力が続かない、落ち着きがないなどの特性があり、日常生活に困難を抱えます。何が脳の働きを妨害してADHDを引き起こすのかを理解すれば、より適切に予防し、治療することができます。
Tew博士のご意見では、人間の脳は人間を他の動物と区別するため、この科学は興味深いものです。この科学の理解は、人間の可能性を解き放ち、さらに一歩先へ進むことができます。それに、医学を超えて、労働力や専門サービス業などの他の分野にまで及ぼす可能性があります。将来的には、メタバースと組み合わせて様々なガジェットを製造できるかもしれません。
ニュースで見られるように、人間はこのアプローチを拡張することを常に想像してきました。例えば、イーロン・マスク氏は、人間の脳とコンピューターを接続することを目指して脳に無線チップを埋め込む試みを行いました。それに、Netflixシリーズの「ブラック・ミラー」に示されているように、将来、人間は自分の認識を変更したり、脳から特定の記憶を抽出したりできるようになるかもしれません。 両方の専門家は、この科学の難しさは、思考の処理、意思決定、認識であることを述べました。神経系は非常に複雑な細胞間コミュニケーションを行っています。単一の脳細胞は何もトリガーできませんが、細胞のグループがネットワーク化されている場合に機能します。実験を成功させるには、技術だけに頼るのではなく、人工知能(AI)と神経科学の能力を組み合わせて、開発中のモデルを可能な限り脳のように機能させる必要があります。
人々の想像では、人間の脳波とコンピューターを直接接続するためのブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)に関するイーロン・マスク氏の実験は、コンピューターと人間の脳の間でデータを読み書きする機能を備えていると期待されています。但し、データの書き込みは恐らくデータの読み取りよりも困難です。
機械側は、物質の構造を変更することを学習する必要があります(テープ、CD、蓄音機にデータを記録するのと同じです)。同様に、神経科学では、可塑性は脳内の神経ネットワークの変化に重要なものです。
細胞レベルには、神経細胞であるニューロンと、次のニューロンをつなぐ接合部、いわゆるシナプスがあります。二つのニューロンが接近すると、シナプスでコミュニケーションが行われ、記憶が生成されます。シナプスは非常に複雑であるため、人間の記憶に何かを書き込むことは困難です。但し、脳を活性化することは可能です。なぜなら、それは脳の状態を変えるだけなのです。人間の記憶を忘れさせることは可能かもしれませんが、記憶に何かを書き込むことは現在の知識と技術では非常に難しいと思われます。
分かりやすく解説する脳の働き
Sean博士によると、神経系の最小機能単位はニューロンです。複数のニューロンは互いに結合していますが、網の形ではありません。二つのニューロンの間には、シナプスである空間があります。シナプスは細胞間で電気信号の受け渡しをします。シナプスでは、信号伝達が長期間にわたって長期増強が起こり、その結果、学習が起こります。記憶はシナプスの機能変化として脳に蓄えられます。
また、人間の視覚では、脳が光を電気信号に変換する細胞があり、細胞が互いに通信し、刺激信号が視覚を引き起こします。人間の知覚は、このように様々な信号を電気信号に変換することによって行われます。人間の神経ネットワークは、電気を循環するRC回路で接続されています。賢い人は信号伝達が速いですが、脳に入って処理する情報の選択にも依存します。
記憶と感情は相互に関連しています。例えば、恐怖は人間の生存に大きく影響を与える感情です。恐怖は、人間を危険に対して注意させます。恐怖の感情は記憶と結びついており、人間に立ち止まるか、戦うか、逃げるかを決定させます。但し、恐怖が記憶に結びつきすぎると、人間は心的外傷後ストレス障害(Post-traumatic Stress Disorder、PTSD)になる可能性があります。これは、非常にストレスのかかる、恐ろしい、または悲惨な出来事によって引き起こされる不安障害です。 満足と幸福に関連する記憶の例もあります。これらの記憶は、何かをもっとやりたくなり、または繰り返したくなるように、人々を刺激します。それで、報酬システムにも適用されています。
神経科学の最近の発展
Tew博士は次のように説明しました。脳波を計測するには様々な技術があります。例えば、電流を使用して単一細胞を測定します。これは、開頭手術を行って脳の硬膜下に電極を留置し、ニューロンによって放出される急速で多数の信号を記録することです。電気信号を記録した後、機械学習を使用して信号値を読み込み、各細胞がどのように機能し、どの刺激に反応するかを解釈します。
これは動物で行われてきた伝統的な方法です。その後、一つのチップ上に複数の電極が存在するマルチ電極アレイ技術が開発されました。この技術により、複数の細胞から同時に脳波を測定することが可能になりました。
現在、開頭手術によってカルシウムイメージングを実施してウイルスを注射することなど、他にも多くの手法があります。注射されたウイルスには、脳の化学構造を変化させてニューロンが蛍光に反応できるようにするタンパク質が含まれています。このカルシウムイメージング法は、何百ものニューロンの電気活動を監視するために使用できます。
現状の技術は、光を使って細胞を制御する生物学的技術である光遺伝学(オプトジェネティクス)に到達しました。ネズミの脳を光で制御し、左右に回す実験がありました。研究者はこの実験を数十年間行うことができましたが、サルなどの他の動物で実験を行おうとすると、ネズミで使用されたウイルスはサルではうまく機能しないため、より困難になっています。この光遺伝学による制御は行動制御に限り、記憶を改ざんすることはまだできません。
上記の侵襲計測法に加えて、脳波(Electroencephalography、EEG)などの非侵襲計測法もあります。これは、開頭手術を必要としない脳波の測定です。通常、細胞内の電気的インパルスが頭蓋骨にも上昇するため、EEGは脳の電気的活動を直接測定できます。但し、信号には多くのノイズが含まれているため、測定結果は侵襲計測法と同じではありません。
ノイズには大きく分けて、デバイスや環境などの外部ノイズと、ニューロン間で発生するランダムな変動である神経におけるノイズがあります。多くの科学者は、このランダムなノイズに興味を持っており、瞑想がこのノイズを減らすことができるかどうか疑問に思っています。そして、人間が何か一つずつのことに集中すると、ノイズが減るということが証明されました。
もう一つの広く使用されている測定法は、脳への酸素供給の変化を測定するMRIです。これは、電気信号を測定するEEGとは異なります。どちらの測定法も、長所と短所があります。電流のほうが敏感ですが、1センチずつ離れて測定する必要があるため、測定領域はMRIのように細かくできません。
一方、MRIの測定領域はより正確ですが、酸素の測定にはより時間がかかります。現在、ある研究者は両方の方法を並行して使用しています。
神経科学の知識をビジネスに生かす方法
Tew博士によると、神経科学を理解することで、経営者はより深いレベルで消費者のニーズを把握できるようになります。BCI技術は、人々の考えに直接接続できるようにします。例を挙げると、下記のようなものがあります。
- 機械の操作や自動車の運転など、集中力を必要とする作業を行うとき、様々な性能指標が統合されれば、人々はより安全に働くことができます。例えば、目のセンサーを使用してドライバーが眠くなっているかどうかを検知し、そうであれば、システムは自動操縦モードに切り替えたり、目が覚める曲を再生したり、コントロールセンターに通知を送信したりできます。
- 運動選手のトレーニングを強化するために、脳の状態を監視することで各選手のパフォーマンスを確認します。
- メタバースでは、BCI技術を搭載したデバイスを提供するサービスプロバイダーは、使用者が何を考えているかを理解できます。
- 不動産プロジェクトオーナーは、居住者がそのプロジェクトに満足しているか確認できます。従来のアンケート調査の代わりに、居住者の脳から直接満足度を測定できます。
- 現在、日本など他の国で研究が進められているInternet of Brains(IoB)技術を使用して、脳信号をインターネット信号に変換し、脳波で通信することで、あらゆるものをインターネットでつなぐことができます。
将来的には、全てのデバイスが相互に接続される可能性があります。人間の脳を非侵襲的に測定する人工知能(AI)はノイズが多いため、機械学習(ML)を用いて様々な信号を読み込んで変換する必要があります。現在、スマートフォンやスマートウォッチなど、多くのデバイスが連携して操作しています。将来はこのように連携するデバイスが増えるでしょう。
Sean博士は、クローズドループBCIと呼ばれる技術もあると述べました。これは、神経活動をリアルタイムで記録して、いつ脳を直接または間接的に刺激するかを決定します。これは、人々が自分の状態を直接監視するのに役立ちます。機械学習を使用して、その瞬間の感情を解釈し、ストレスや眠気などの状態を分析して、刺激の指標として自分の心拍が聞こえるようになります。従って、ストレスを軽減することにし、自分自身を管理して最高の状態で仕事に従事することができます。
更に、エンゲージメントの測定にも適用可能です。現在、BCIヘッドバンドは試用期間中です。当該のヘッドバンドは脳波を読み取り、対話者がお互いに同じことを認識しているかを分析するプログラムに接続できます。このプログラムは、両方の対話者の脳波は同じように電気信号を送信しているか分析します。そのため、活動への取り組み、コミュニケーションの理解、物事の学習における理解の確認に応用できます。
また、EEGとアイトラッキングを使用して、行動経済学の観点で分析するためにデータを収集することも可能です。
タイの政府と企業における神経科学
Sean博士は次のようにコメントしました。政府は特に医療や産業でより活用できるこの分野に関連するトピックについて、現在研究資金を支援しています。それに加え、タイの企業は、ヘルスケアに焦点を当てて、他のグローバルセンターと共同で研究を行っています。
多くの企業は神経科学に関心を持っています。ウェルビーイングに焦点を当てたビジネスは一つの例です。なぜなら、ウェルビーイング、すなわち心身ともに良好な状態にあることは、生活、思考、感情に直接関係しているからです。
両専門家によると、神経科学の知識を様々な技術と組み合わせて、実際に役立つようにすることができれば、多くの企業がより関心を持つようになるでしょう。但し、どのように神経科学を有用にするかにもよります。例えば、集中力を高めたり、小脳を刺激して運動を強化したり、脳を刺激して老化を遅らせたり、行動を改善したりするなど神経科学を応用することができると思われます。